エルの楽園

Twitterで垂れ流すには見苦しい長文を置きます。 あ、はてな女子です。

統計学から見る理想的な社会の形

これから調べようと思っている事柄について考えをまとめるためのメモ。
どうやって調べたらいいかいまいちわからずまだ調べてないので、このテーマについて何か知見をお持ちの方は教えてくださると嬉しいです。


この世の色んなものの度数分布の形は大抵正規分布であるはずだと想定されていて、それを前提にフィッシャー流の統計学が構築されており、社会科学分野でも大いに活用されている。
例えば所得や資産、学力、勤務時間、株価、一か月の読書量、そうしたものは元来正規分布である「はず」で、ただサンプルの都合でちょっとばかり形が歪んでいるから、それを修正して検定しましょうというのがスタンダードな統計処理の発想だ。
でも、本当にこうした分布は正規分布である「はず」なんだろうか?

もちろん、完璧な正規分布がこの世にあるはずがない。せいぜいが正規分布っぽい形になっているだけだ。どうせサンプルが無限にあれば正規分布になるに決まっているんだし、ちょっと形をきれいにしてやれば扱いやすくなるから、便宜上そういう処理をしているだけ。わかった、それはいい。つまりそれは「理想的な分布は正規分布である『べき』だ」という次の問題に移行するってことだよね?

 

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日本人の等価可処分所得の分布を例にとる。それは左右対称の正規分布じゃなくて、左側に急斜面と頂上があり右に向かってなだらかな尾を引く山の形をしている。ほぼほぼ全日本在住者の全数調査を毎年行ってきて常にこの形だから、サンプルに起因する一時的な問題なんかではない。
これは元来正規分布である「べき」なんだから、こういう歪な形は国策として修正されるべきなんじゃないか?右側の高所得者は累進性の高い課税制度にすれば一網打尽にでき、その分を山の左側に再分配すれば標準偏差をコントロールできる。σ=1に設定すれば、全員が相対的貧困から解放された状態で正規分布に従う理想的な美しい国のできあがりだ。貧困者はいないし、またビル・ゲイツ孫正義みたいな飛びぬけたお金持もひとりもいない。そういうのは分布の形を乱すからね。
客観的統計に基づいた、エビデンスベースドな政治ってこういうことなんでしょう?


ある学校における生徒の成績を考える。入学当初の段階で、生徒の学力は正規分布に従っているものとする。在学中の数年間生徒は勉学に励み、卒業の段階でもう一度、入学時に受けたものと同難易度の学力検査を受ける。やはり同じ正規分布の形を保ったまま、全体が右側に移動している。やったー、教育は成功だ!特段の落ちこぼれもいなければ、才能を開花させた天才児もいない。入ってきたものをそっくりそのまま右に流す、それが理想的な学校教育ってものだよ。

……もちろんこんなのはわたしの本心ではない。個人的には、理想的な学校教育とは

  • 落ちこぼれを出さない
  • 個々の生徒の長所を伸ばす

ものであると思っている。つまり、一クラスに一人二人はいるような、ほっといても勉強大好きな生まれついての賢い子は他の級友を置いてどんどん学力が伸びていくべきだ。また、落ちこぼれを出さずに最低限習得するべき内容を習得させるようにするならば、山の頂上から左側の裾野の幅はグッと狭くなるはずだ。
だから理想的な学校教育が実現されたならば、卒業時には分布の形が入学時と変わっているはずだ。左側が寸詰まりで右側に長く裳裾を引いた、ちょうど等価可処分所得のグラフみたいな形になるべきだ。


ノルム準拠評価や偏差値なんてやり方が成績評価に使われてきたように、教育業界では学力の分布が正規分布である「はず」「べき」だ、という大前提に従って評価制度が設計されてきた。でもそれは「はず」でもなければ「べき」ですらない。そのおかしさを踏まえて、集団の中の立ち位置という切り口でない評価法もたくさん生まれているけれども、でもそれは「理想的な分布が正規分布でないとしたら、じゃあ一体なんなのか?」という問いに答えるものではなさそうだ。


教育だけじゃなくて、ほかの社会科学領域でもそうだけれども、こうした分野で行われる学術研究の結果は政策立案に利用されて社会を変えることも多々ある。そもそも、社会の改善に全く寄与しない社会科学ってのは考えにくい。自然科学の結果が自然界にフィードバックを与えて物理法則を変えることはほぼないけれど、社会科学の結果は社会にフィードバックを与える。
それなのに、社会がどういう形をしているべきか?に頓着せず、無邪気に正規分布を前提として統計やっているように見えるのはどうなのかなーと思っているんだよね。

 

ブラック・スワン[上]―不確実性とリスクの本質

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