力を与える、必要とされる
正月も終わってしまったがまだ一応松の内だし誕生日でもあるので、新年の抱負ポエムを書いてみる。
RPGでは僧侶役が好きだった。あるいはエンチャンター、あるいは武器商人。自分自身が火力になるタイプではない。誰かを強くするのが好きだった。
リアルでも仕事は教師とか情報屋に分類されるようなことをやっている。何かの「情報」を必要とするひとにそれを提供する仕事だ。わたしの提供した情報によってクライアントが成果を上げるのを見るのは、自分が能力値を上げた戦士がガリガリと敵を削っていくのを見るように楽しい。
教育学とか図書館学の辺りにいるのもその所為だ。どちらも誰かに情報によって力を与えるための仕組みであり施設で、如何に多くの必要としているひとに効率的に必要な情報を提供するか、そこを考えるとてもエキサイティングな学問領域だ。
お節介と言われればそうなのかもしれないが、オンラインでもリアルでも、自分と対立するひとがあまりにも武器を持っていないと、自分の意見主張そっちのけで相手に塩を送ってしまう。自分の強化に興味がない訳ではないが、それでも自分自身が強くなったり自分の主張が通ったりするよりも、自分が能力値を上げた誰かが成果を上げるのを見ている方がずっと面白い。
小さい頃は軍師とか参謀になりたかった。自分は動かずに陰で誰かを操るってのが最高にカッコいいと思っていた。でも大人になって、口ばっかりで自分の手を動かさない奴は現実世界では最高にイタくてダサく見えるってことに気づいたから、今はそういうのになりたいとは思っていないけれど。裏方ってのはもっと泥臭いもので、だからこそ楽しいってことを知った。
よく成功した起業家や政治家なんかがスピーチで「自分一人の力ではない、みんながついてきてくれたおかげだ」などと話すけれど、わたしはああいうコメントはきれいごとだとは思わない。本心なのだと思う。
大体、教師だの起業家だの政治家だのというのは因果な商売で、自分にどういうスキルがあるかとか今までどういう社会的評価を受けてきたかなんてことは、直接的にはほとんど関係がない。みんなにどれほど力を与えられたか、みんながどれほどついてきてくれるか、それだけだ。能力を与えられない教師、支持を得られない政治家はそれだけでゴミも同然の存在で、それを考えるとこういう職業は他者による評価の依存度が最高であると言える。だから「みんながついてきてくれたおかげ」はその点で本心なのだと思う。
ひとに何かを教えるのはとてもエキサイティングだ。「人生を変える本」どころか、たった8バイト程度の情報を得るだけで人生が変わることはある。誰かの人生が、わたしが提供したささやかな情報で良い方向に転換すると生きていてよかったと思うし、逆に自分が伝えられた情報を持っていなかった所為でとても苦しんだひとを見ると残念で心が痛くなる。
全部ではないが、知っているだけで避けられる人生の苦悩はたくさんある。もしやりたいことをやれない理由が知識不足なんだとしたら、それは最高につまらないことだ。もっとそのひと自身がぶつかって苦しむべきオリジナルな人生の壁はほかにあるというのに。
大阪ブロガー万博で出会ったひとたち、特に id:foolishandweak さんや id:mememememiti さんと話していて、わたしはつくづくエンパワーメントが好きなのだなと自覚した。気づかせてくれてとてもありがたい。
誰かに必要とされると嬉しい。
2015年になったからと言って、それほど今までとやることが変わる訳ではないけれど、よりやりたいことにフォーカスしていきたい。つまり、誰かの役に立つ情報の生成に取り組んでいきたいと思っています。
エンパワード ソーシャルメディアを最大活用する組織体制 (Harvard Business School Press)
- 作者: ジョシュ・バーノフ,テッド・シャドラー,黒輪篤嗣
- 出版社/メーカー: 翔泳社
- 発売日: 2011/05/19
- メディア: 単行本
- 購入: 2人 クリック: 13回
- この商品を含むブログ (5件) を見る