読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

エルの楽園

Twitterで垂れ流すには見苦しい長文を置きます。 あ、はてな女子です。

「察してほしい」の取扱説明書

※ 発言は個人の感想であり全く汎用性のない記事です。主語は最小です。「あっこれ自分には関係ない」と思ったらそっ閉じを推奨します。

 

Twitterでつらつら呟いていたら物珍しがられたので、まとめを書きます。

 

わたしはかなりの察してちゃんです。面倒くささにはちょっと自信があります。わたしの思っていることを察してほしいと頻繁に思っている部類の人間です。

ですが「察してほしい」とは「わたしの頭の中にある正解を言い当ててほしい」という意味ではありません。何か具体的に頼みごとがあるならその通り言います。わたしが「察してほしい」と思う時に求めていることは「一生懸命労力を使ってわたしの考えていることを察するべく努力してほしい」というものです。その結果としてどんなにとんちんかんな結論を出したとしても構いません。一生懸命わたしのために労力をつかってくれたという事態そのものを喜びます。結果ではなく、過程を求めています。

だから、「一生懸命君の考えていることを察するべく頑張った」という過程を見せて欲しいのです。黙ってなにか考えられていたところでボケっとしているだけなのか何か考えているのかは分からないし、そもそも真の思考とは自分ひとりで完結するものではありません。自分一人の脳内だけでああでもないこうでもないと妄念をこねくり回していても、それは一生懸命考えた内には入らないです。それは知的怠慢というものです。ちゃんとした思考には、それなりのプロセスがあります。

 

以下に2つほど例を挙げます。

 

「何食べたい?」に「うーん……何でも」と言われた時の対処思考

「何食べたい?」と聞かれて、わたしが「うーん……何でも」と応える時は、世の女子がそうであるらしいように「わたしが何を食べたいかを察してほしい」と思っています。つまり「わたしが何を食べたいかを一生懸命考えてほしい」と思っています。

わたしがなにを食べたいかを一生懸命考えるための理想的なプロセスは下記のように進行します。

1. 選択肢を絞るために手掛かりとなる情報の収集

この世に食事の選択肢なんて無限にあるのだから、まずは選択肢を絞らなければはじまりません。ヒアリングによって選択肢を絞るための情報を収集します。

まず食事に対するコストについて、下記のような質問が考えられます。

  • 家でご飯を食べたいか?外食をしたいか?
  • 近場がいいか?遠くがいいか?
  • すぐに食べられるものがいいか?時間をかけてゆっくり食事をしたいか?
  • 予算はどの程度か?

次に食事の嗜好について、下記のような各評価軸が考えられます。

  • さっぱりしている - 脂っこい
  • がっつり食べる - 軽めに食べる
  • 肉が多め - 野菜が多め
  • 温かい物 - 冷たい物
  • 和食 - 中華 - エスニック - インド - イタリアン - フレンチ - スペイン - トルコ 
  • エレガントなお店 - カジュアルなお店

これらの軸の選定と評価にはSemantic Differential法が使えると思います。フワッとした主観を評価するのによく用いられる方法ですからぜひこういう場面で活用したいですね。

これらの情報を、わたしとの対話によって収集してもらいます。これで大分選択肢を絞る手がかりが得られました。

2. 選択肢そのものの選出

上記の手続きによって選択肢を絞る手がかりは得られたものの、この段階での情報はあまりに漠然としすぎています。「さっぱりした和食で温かい物をゆっくり食べられる、そう遠くないお店で外食したがっている」といった程度の情報が得られたところで、特に都会なら該当する店舗が200件以上はあります。もうちょっと確実性の高い選択肢を得る必要があります。

ここで情報収集は次のターンに移行します。具体的には、わたしの食べログTwitterはてブ等で「行ってみたいレストランのリスト」に入れていたり、以前に「行きたい!」とつぶやいているお店のリストを収集してもらいます。

わたしは食べログのリストやTwitterアカウントを公開しており、twilogにも登録しています。それらを確認したり "行ってみたい" で検索したりすれば、わたしが興味を持っている飲食店の一覧が取得できます。その中から、前項で判明した条件を当てはめればかなりいい感じの精度で「わたしが今行きたいだろうお店」を推察できるはずです。

上記のような過程を踏んでもらった後に選ばれたお店が、例え実際はわたしの気分にぴったりではなかったとしても、とても嬉しいです。「わたしのためにここまで色々考えてくれたなんて……!」と大感激し、「ありがとう☆そこにいこっ///」となるのは確実です。

 

次はもうちょっとやっかい目の例を挙げます。

 

「何を怒ってるの?」「それくらい自分で考えて!」と言われたときの対処思考

世の女子がそうであるらしいように、わたしも第三者からは一見分からない理由で不機嫌になります。そして「なんで怒っているかくらい自分で考えて!」というような態度をとったりします。

(ちなみに「お腹が空いている」「眠い」「その他怒りをぶつけられている相手には全く関係のない理由で不機嫌」などと言った場合にはこのような態度はとりません。その場合は正直にそう申告します。したがってなんで怒っているかくらい自分で考えて!」というような態度をわたしに取られた場合、ほぼ確実に自分に原因がある(とわたしは思っている)と考えて頂いて構いません。)

この場合の原因究明のための理想的な思考プロセスは以下のようなものです。

1. 簡単に特定できる原因を潰す

このような場合、まず自分がなにかを忘れたりすっぽかしたりしていないか?の確認が最優先です。これらの情報は簡単に確認しやすく、先に潰しておくことで問題の拗れを防ぐことができます。具体的には

  • なにかの予定や記念日をすっぽかしていないかカレンダーを確認する
  • 頼まれていた用事を忘れていないかを確認する
  • メールやLINEの返信し忘れがないかを確認する
  • 髪型の変化や新しい服を着ていないかどうかを確認する

といったことです。全部合わせても5分とかからずに確認できることであり、原因が分かったらその場で解決ができます。どうしても自信がない場合は「ごめん、もしかして何か忘れていることがある?」と聞くと完璧ですね。

2. スコープを特定する

すぐに分かる簡単な問題が原因でなかった場合、原因となる事象が発生したスコープを特定します。例えば

  • それはいつ発生した事象が原因なのか?
  • 今回が初めてか?それとも以前にも同様の事象が起こったか?
  • 繰り返しの事象の場合、頻度はどの程度か?
  • 以前にも同じことを注意したことがあるか?
  • それは言動に関することか?あるいは振る舞いに関することか?
  • 第三者の関わることか?関わるとしたらそれは誰か?
  • 金銭の絡む問題か?
  • 社会慣習や礼儀作法に関する問題か?

といった事柄です。これらを確認すると「昨日初めて紹介された友だちに何か不躾な言動をしたことが原因らしい」とまでは特定できるはずです。この段階で思い当たることがあるなら、もう解決はすぐそこです。

3. 賠償案と再発防止策と併せて解決に臨む姿勢を見せる

ここまで特定できてもどうしても原因が分からない・思い当らなかった場合、素直に「ごめん、~~~が原因だとまでは思うんだけれど、どうしても心当たりがない。理由を教えてくれる?」と聞きます。最初から「えーなんだよ、むくれてないで言えよ!」と言われるのとは違い、色々と原因究明の努力をしてくれた上での質問ですから、さすがに面倒くさい性格のわたしもこれ以上引っ張ったりはしません。この時点で大分気持も態度も軟化していますので、素直に理由を話します。

ただ、ここで理由を聞いて「そのことかーごめん!」と言われただけでは納得ができません。賠償と再発防止策をセットで提案してもらいたいと思います。例えば

  • 目の前でカレンダーやTODOリストに登録する
  • お詫びの印に美味しいケーキ屋さんに連れていく

といったことですね。謝罪と賠償と再発防止策はセットです。3つで1つです。

 

ここまでして頂いたら「こっちこそ色々考えてくれてありがとう、なんて誠実なひとなの……///」と思えるので、機嫌が直るどころか好感度も寛容度も増しています。

 

まとめ

つまるところ、わたしが求める「一生懸命な推察」は、わたしに対する情報収集なしには成立しません。わたしに何一つ質問しないまま脳内でああでもないこうでもないと考えるのも、わたしに明示的かつ具体的なただひとつの回答を求めるのも、どちらも知的な労力をケチっています。わたしが察してほしい時は労力そのものを求めているので、どちらの対応もわたしの望まないものです。「何かしてほしいことがあるならはっきり言え」と言われましても、言われたことだけしかやらないロボットと付き合いたい訳ではありません。

もちろん非公開情報を手掛かりにしろなどとムチャクチャなことは言いません。わたしは可能な限りライフログを公開し、質問に回答しています。Facebookのようなログ収集が困難なSNSも使用していません。脱出ゲームのごとく、労力をかけ頭を使えば必要な情報はすべて収集できるようにしてあります。ここまで下準備しているのだから、後はちょっと頭と手を動かしてくれればいいだけです。

ただこうしたプロセスを成立させるための省力化や自動化は大いに歓迎します。例えばわたしのTwitterで「行きたい」や「欲しい」という言葉が含まれるTweetを自動収集するスクリプトを作成したり、些細な予定でもすぐカレンダーに自動登録するよう設定したり、あるいは一度表明した不満を管理するためのBTSを導入したりといったことはとても嬉しく思います。「わたしのためにRedmineまで立ててくれるなんて……!」と泣くほど感激します。個人的にはTrello+Slackでたくさんだと思っていますし、そもそもやってもらったこともありませんけれど。

 

ちなみに、なんでわたしがこのような面倒くさい過程を求めるかというと、愛とは骨身を惜しまないことだと思っているからです。少なくともわたしは普段から相手の求める物を上記のようなプロセスを踏んで一生懸命考えるよう努めているので、偶には相手にもわたしのために脳味噌を使ってほしいのです。いつもとは言いませんが。

恋人や配偶者に向かって無限の徒労を求めるのはもちろんクソです。でも例えば職場で上司やクライアントに対して日常行っている心遣いの1/16でも自分に向けてほしいと思うのは、それほど無理筋な要求ではないと考えています。いつも仕事が忙しいの一点張りでちっとも構ってくれないのだから、偶には少しくらい甘えてもいいではないですか。

普段は優秀な社会人なんだから、お仕事ではこれくらいやっているんでしょう?顧客から要求仕様を聞き出したりクレーム対応をしたりする労力に比べたら、こんなもの取るに足らないと思いますけれど。