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エルの楽園

Twitterで垂れ流すには見苦しい長文を置きます。 あ、はてな女子です。

ぼくのかんがえた電子書籍流通のみらい

本当は図書館ネタを書いている「図書館学徒未満」の方に投稿しようと思ったのだが、話があんまり図書館ぽくないのでこっちにすることにした。

 

電子書籍業界についてはあっちこっちで火の手が上がりなんだか恐ろしいことになっているようで、明るい未来がくるかどうかは現状わからない。ただ、今存在する出版社や書店や取次や作家がどうなろうとも「本」がこの社会から消えてなくなることはあり得ない。それにともない、書籍流通もこの世に存在し続けるだろう。

本稿では、そうだな……2030年くらいに書籍流通がどうなっているかの予想を試みる。昔むかしに流行った「未来予想記事」というやつだ。この予想が的中することはないだろうが、それでも「本」にたずさわるひとびとが――読者もふくめて――業界の未来を予想するという試みそのものがムダであるとはおもわない。

よかったらみなさんも、たまにはつらい現在をはなれて未来をえがいてみませんか?

 

前提条件

本記事では以下を予測の前提条件とする。

  • すべての人が手軽なオンライン決済手段を利用できる
  • すべての人が常時インターネットを利用できる
  • すべての人が電子書籍を読めるような350dpi以上の高精細モバイル端末を所有している
  • かつて出版されたすべての書籍・雑誌が電子書籍としてアクティブに流通している
  • 電子書籍EPUBやPDFのような、プラットフォームをえらばないオープンな形式で流通しており、もちろんDRMなんてかかっていない

 

よげんのしょ

電子書籍の流通については、少し先を行っている音楽業界が参考になる。音楽業界を主な先例として参考にしつつ、予想を試みる。

 

▼本は「紙の書籍」と「電子書籍」の2種類の形態で流通し、後者が主たる流通形態となっているだろう。紙の書籍は現在の倍から3倍程度の値段で少数取引され、電子書籍は100円か200円、高くても500円くらいで流通している。また、時間経過による価格の下落もよくある。

電子書籍ファイルにDRMはかかっていないので、読者は自由に自分の持つ他のガジェットへデータを移すことができる。もし万が一データが吹っ飛んでしまっても、たかだか数百円のものだから即時の買い直しが可能である。

紙の書籍を購入するのは一部好事家の他、リアル書店や図書館である。

 

電子書籍が主流の世界では、当然書店における再販制度や取次制度など無意味である。リアル書店は立ち読み用の見本として紙の書籍を購入し、来店客に閲覧させる。紙の書籍には購買用リンクが入ったQRコードICタグのようなものがついており、その本が欲しいと思った来店客は手持ちの端末からそのリンクを利用して電子データを購入する。当然、売上の一部はその書店の収益となる。

もちろん、コレクターズアイテムとして紙の書籍を欲しがる顧客もいるだろう。書店はそのような顧客に対して紙の書籍を取り次ぐが、その数はそう多くはない。

もしかすると、紙の書籍の購入特典としてサイン会や講演会などがあるかもしれない。付録商法の発達も考えられる。

このような世界では、リアル書店に立ち入る際に入場料が発生するかもしれない。また、ブックカフェのような形態の書店が当たり前となるのかもしれない。

リアル新刊書店で購入され、一定期間が経過した紙の書籍は古書店に放出される。コレクター向けの古書店は現状通り存在し続けるだろう。数は減るかもしれないが。ブックオフはなくなるかもしれない。

 

▼紙の書籍は主に「見本」や「コレクターズアイテム」として機能するようになるため、装丁や文字組みへのこだわりは今以上に増すだろう。サイズは今で言う四六版や菊版が主流になり、文庫サイズはなくなる。美しいカバー画や凝った本文紙の本が多くなり、遊び紙も復活するかもしれない。美しい本は愛書家たちに格好の話題を提供し、装丁へのレビューも多く書かれるだろう。

また、百年単位で長年保管できるよう紙質やインクの素材にもこだわったものになるはずだ。

 

▼本が一冊数百円足らずで買える上、場所を取らないので、電子的な「積ん読」は今まで以上に多くなる。雑誌の定期購読のように月額3千円程度で話題の新刊ビジネス書を毎月100冊配信するサービスなどが出現し、惰性でCSやケーブルTVを契約するようにそのようなサービスを利用する意識高いひとも一定数登場するだろう。

いずれにしろ、多くのひとがより安易に本を衝動買いするようになるので、単価が下がったことによる書籍市場のシュリンクはそんなにないだろう。

 

▼本が出版されたその時から電子版が流通するため、「文庫落ち」などということもない。「文庫」や「新書」はレーベル、ブランドとしてのみ機能するだろう。たとえば「ハヤカワミステリ文庫」は早川から出版されたミステリ小説のブランドとしてのみ認識されるようになる。

これに伴い、既存の文庫は細分化が進む。ただの「講談社文庫」はなくなり「講談社新本格文庫」や「講談社恋愛文庫」に分かれるだろう。

 

▼図書館もまた見本として、また保管用として紙の書籍を購入する。図書館が「貸出」を行うのはこの紙の書籍であり、電子書籍の貸出は行われない。

個人的には、図書館における電子書籍の貸出は大変筋が悪いと思っている。「貸出」を行うにはDRMをかけるしかなく、DRMは人類の知的リソースをムダ遣いする悪の所業だからだ。企業内の機密文書ならいざしらず、不特定多数への配信が前提であるファイルにDRMだなんて呪われている。そんなことに知能をつかう余裕があるのなら、mixiの株価を上げる方法でも考えたらどうだ。

図書館が行うのは電子書籍の「貸出」ではなく購入案内である。図書館は利用者に資料を提供する際に「無料だがかさばるし取り寄せに時間もかかり、要返却な紙の本」か「有料だが即時に読め、取り扱いも簡便な電子データ」の、2つの選択肢を提示する。利用者が前者をえらんだ場合は現在と変わらない貸出フローとなり、後者を選んだ場合はその場で利用者の持つ端末で購入させる。もし図書館でカネもうけがまかりならぬのなら、購入時の決済システムは地元書店のものでも利用したらいい。

必然的に、図書館の機能としての「貸出」の重要性は小さくなり、今で言うレファレンスサービスが図書館機能の中心となる。電子書籍が主流となった世界では、レファレンス用に書籍の全文検索DBが存在していたとしても全く不思議ではない。利用できるレファレンスツールの増加は、図書館にとってもよい結果となる。また図書館員は今まで以上の「専門性」を求められるようになるだろう。

 

▼出版社は正しく「パブリッシャー」としてのみ存在するようになる。電子書籍がジャブジャブ流通する時代になったとしても、ISBNコードを付与されるような「正規流通の本」と同人誌のようにインフォーマルに流通する本は併存し続けるだろう。学術論文が発行元の研究機関によってオーサライズされるように、ある書籍コンテンツを正規にパブリッシュする機関としての出版社は存在し続ける。

また、出版社は今以上に企画力が求められるようになるだろう。「ブランド」としての文庫・新書の維持開発、新しいコンテンツの開拓はもちろん、既存コンテンツの掘り起こし、マーケティングメソッドとしてのリアルイベントの企画など、やることはたくさんある。

 

ぜひ、みなさんの妄想も聞かせて下さい。

2015年の電子書籍

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